乙女の像の本当の名前は?

山本 隆一 (十和田湖・奥入瀬観光ボランティアの会)

 「乙女の像」は十和田湖のシンボルとして、すっかり定着し、私たちも誇りと親しみを込めて紹介しています。
 「乙女の像」という呼び方は、おとめの同形2体で構成されている像であることや、昭和28年10月21日の除幕の当日、佐藤春夫がこの像に寄せた詩「湖畔の乙女」に県立三本木高校の長谷川芳美教諭が作曲し、同校女子学生のコーラスで披露されたこと、また昭和39年、「湖畔の乙女」が本間千代子の歌でコロンビアからレコードが発売されバスガイドを通じて親しまれたことなどから、定着していったようです。

 ところが、青森県が平成3年9月に発刊した「十和田湖乙女の像修復保存対策等調査報告書」には、「この像は、高村光太郎によって制作され作品名は『みちのく』という」とあります。
 しかも、高村光太郎は、
  「みちのくの 花巻町に人ありて 賢治をうみき われを招きき」
と歌を詠んでおり、今も高村光太郎記念館に飾られています。

 こうしたことから、「光太郎は智恵子のふるさと福島や、温かく迎えた花巻の人々など、十和田湖だけでなく東北への贈り物として、『みちのく』という作品名を付けたのだろう」と受け止めていました。
 そして私たちは、東北の共有財産と考え、花巻の光太郎山荘の訪問や二本松市でのレモン忌参加などにも取り組んできました。

 しかし、高村光太郎の作品集や関連の書籍を見ても、『みちのく』と紹介されているものは全く見当たりません。
たとえば1990年に発刊された「高村光太郎・智恵子---その造形世界」展図録には、「十和田国立公園功労者記念碑のための裸婦像」とタイトルがつけられています。

では、乙女の像の本当の名前は何というのでしょうか。

高村規氏写真高村 規 氏

北川太一氏写真北川 太一 氏

写真:平成25年11月15日撮影

 このことについて平成25年11月15日、当会(十和田湖・奥入瀬観光ボランティアの会)の3名が、乙女の像建立60周年記念 ろまんヒストリー発信事業(元気な十和田市づくり市民活動支援事業対象事業)の一環として、東京千駄木にお住まいの、高村光太郎の甥にあたる高村光太郎記念会理事長の高村規氏、同会事務局長の北川太一氏を訪ね、お聞きしたところによると、お二人とも『みちのく』という作品名については「知らない。付けたことはない。」とお答えされました。


 高村光太郎全集を編纂され、光太郎研究の第一人者でもある北川氏は、三角形の中に乙女の像を書き込んだ光太郎のスケッチ原本と、法隆寺の五重の塔の写真を示しながら、「あの像は前のめりになっていて、2体で三角形を構成しています。五重の塔も三角形を構成し、どちらも多重の共通点があり、群像としての美しさがあります。三角形は無限性と関係があり、裸像は光太郎が影響を受けたヨーロッパで誕生を意味します」

 また「裸婦群像は、十和田開発功労者への思いや、戦争が終わった時代への、平和や今までかかわってきたすべてに対する永遠の祈りであり、光太郎が全身全霊を傾けてささげたもの。十和田の深く美しい自然から世界に向けて発信する、命をつなぐ愛と救済のシンボル。数ヶ月間で完成させたことは、光太郎がおかれた心理状態の中で、智恵子のことも含めて、ありえないような強いエネルギーがあったと思う。『みちのく』でもない、生身の智恵子でもない、もっと世界に向けた祈り、もっと永遠のもの。この像のタイトルとしては、十和田の功労者のための裸婦群像と呼ぶべき」と話されました。
 高村規氏も同じく「パルテノン神殿の柱が斜めに建っているように、乙女の像も前のめりに立っている。十和田開発の功労者のための顕彰碑というのが正式だろう」と話されております。

 両氏のお話から「裸婦群像」こそ、光太郎の思いを反映した呼び名という思いを抱いています。

「乙女の像」「みちのく」「裸婦群像」・・・・・・。

 乙女の像が建てられてから60年。
 これを機会に、その意味と歴史を理解し、次の世代にしっかり伝えようと取り組み始めたばかりですが、多くの人々のそれぞれの歴史が重なり合い、壮大なスケールのドラマから生まれた「乙女の像」を分かりやすくガイドすることは容易でありません。
 その点において私たちは大きな宿題を背負いましたが、しかし、最も大事な共通点を改めて再認識することができました。
 それは、すべて十和田の美しさから始まっていることです。
 十和田の自然の素晴らしさが、すべての動機になっているのです。
 素の十和田の魅力がすべての原点になっていることは、これからの十和田のあり方を考える時、もっとも大きな力になるのではないか、そのことが今回の調査の一番の成果だと言えるのかもしれません。

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